フランスの西城秀樹 – クロード・フランソワ

クロード・フランソワ(Claude François 1939-1978)はフランスの歌謡歌手。1960年代から1970年代に最も活躍したスター歌手。愛称はクロクロ(Cloclo)。彼のヒット曲は現在もフランス人に親しまれている。

クロード・フランソワは歌手であり、作詞作曲も行い、音楽プロデューサーでもあった。

彼の代表曲で、いまだによく耳にするのは Alexandrie Alexandra (アレクサンドリ・アレクサンドラ 1978年)。フランス人は老若男女、夜に誰かの家に集まると踊り出すのだが、2019年現在でも大体誰かがかけるのがこの曲。大体3回聞いたらもう頭から離れない。そして大体誰もが彼と一緒に「ハ!」と言ってしまう。(こういうコテコテの踊れる歌謡曲は、筆者の大好物だ。)

また、彼の楽曲で世界中でもっとも知られているのが Comme d’habitude(コム・ダビチュード 1967)、この曲は元はクロクロの楽曲なのだが(ジャック・ルヴォー、ジル・ティボと共に制作 )、「マイウェイ」のタイトルでフランク・シナトラが1969以降歌ったことから大変有名になった。

伝説的な死:お風呂場の電球に触って感電

華やかなキャリアを歩んでいた彼だが、入浴中に塗れた手で割れた電球に触って感電。39歳という若さで亡くなってしまう。

近年、映画「Cloclo」(邦題 : 最後のマイ・ウェイ 2012年)が公開されクロクロの楽曲や生涯が再び注目を浴びる機会になった。

自分も劇場に観に行った。この映画の終盤、彼がシャワーを浴びるシーンで電球に手を伸ばした時、観客がは一斉に息をのんだ音が忘れられない。クロード・フランソワとその死はあまりにも有名ですでに何が起こるか知っていたから、身が固くなったのだろう。映画の最後はすこし悲しかったが、改めて彼の知名度を実感させられる出来事だった。

なぜ日本人は「クロクロ」を知らないのか?!

映画の日本公開予告編に「こんなにすごい奴なのに、日本で誰も知らないのは、何故なのだろうか。」とナレーションが入っているように(そんなことナレーションで言っていいのか?!)、フランスの大スタークロクロの知名度は日本では極端に低い。(フランス語版で彼のページは20 000文字に届く勢いだが、 ウィキペディアの内容は日本語では2 000文字程。)

ミッシェル・ポルナレフ、セルジュ・ゲンスブール、近年では ダフト・パンク など、日本人にもよく知られたフランスのアーティストは多い。しかしこれらは海外から見て「フランスっぽい」「サウンドの独自性」が高いので日本の会社が音源を販売したり、またコマーシャルに使われたりして有名になったと考えられる。しかしクロクロが歌うのは王道の歌謡曲で何ひとつ日本人の頭にステレオタイプとして持っていた「フランスらしさ」をくすぐらなかったと思われる。

フランスの西城秀樹

歌唱力があって朗々と歌い、そしてキッチュな衣装を着て踊り、お茶の間で老若男女に親しまれる彼は日本で言うと西城秀樹のような存在なのだと思う。(西城秀樹を「日本のクロクロ」と説明すると一発で理解してもらえる。)世界の各国にこういう歌手は居るはずだ。だから世界で有名でなくてもちっとも構わないし、クロクロがフランス人にとって伝説のスターであることには変わりないのだ。