ポートレートと、生きる印(しるし)。写真家 Kay-Paris Fernandes ケイ=パリス・フェルナンデス

今回のインタビューは、イギリス出身、パリでフォトグラファーとして活躍するケイに話を聞きました。
ケイはパリコレなどのイベントの撮影、そしてアーティストとしてポートレートの撮影をしています。彼女自身の写真の世界観や、生き方について語ってくれました。

メル氏:ケイは最近とても忙しそうだね。

ケイ:うん、パリコレの季節だから、撮影の仕事がたくさんあってとても忙しいの!

メル氏:どうして写真を撮るようになったの?

ケイ: 高校時代色々悩んでいた時、良い美術の先生との出会いがきっかけでファイン・アートに興味を持ったの。
それで、絵を描こうと思って美術大学に入ったの。
大学では一年目に彫刻、絵画、色々授業を幅広く勉強したんだけれど、その中に写真の授業があった。最初の課題はレンガのブロック一つを照明や角度を変えて撮るだけの単純なものだったけれど、とても印象的だった。
写真は 時間をかけて創り上げる絵画とは違って、 時間の流れが「瞬間」的で、結果が早く見える。それがとても魅力的に思えたの。

次第に、自分でもフイルムカメラで友人の写真を撮るようになって。その時の私にとって写真はただの画像じゃなくて、記憶、日記、思い出そのものと言った方が近いかな。
フイルムの現像、プリントかかるお金を賄う為に、ラボでアルバイトを始めたのよ。ラボはロンドンのオシャレな住宅街からも近くて、有名人がフィルムを持ち込んだり、プロの報道写真家の現像、プリント写真を扱うことがよくあった。 

私は元々報道写真への憧れが強くて、報道写真家の取るようなドキュメンタリー性のある写真に憧れていたの。インディペンデント、ガーディアンとかの雑誌の写真を沢山見ていたし、ロバート・キャパ、ドン・マッカランなど有名な報道写真家の写真をたくさん見て影響を受けた。

でもその一方で、ナン・ゴールデン、エリノア・カルッチなど、家族などプライベートな肖像写真を通した表現にも惹かれて、大きな影響を受けたの。

どうやらジャーナリズムのバックグラウンドを持つ写真家と、私みたいなアートのバックグラウンドがある写真家はアプローチが違うのよね。 
活動をしながら、私の表現で重要な位置を占めているのは、報道じゃなくて人々のプライベートな側面に惹かれていることに気付いていったわ。
自分の作品を客観的に見るのは簡単ではなくて、自分の表現の核が何なのか気付くのには、時間がかかったわ。

ラボで仕事をしていた時、沢山の写真を扱いながら、図らずも様々な人のプライベートが目に映った。何だか「人々の暮らしの窓」みたいだな、と思ったの。目の前にあるアパートその壁面にたくさん窓が並んでいて、人々の生活が窓を通して見えている感覚。1本のフィルムの36枚の画像一枚一枚が、人生の瞬間を切り取っている。まるでその人の日記を見ているみたいだなぁ、って。人が写真を撮る時は、クリスマスとか子どもが生まれたりとか、嬉しいことがある時が多いでしょ。そうした写真に触れていると、私の心にも温かいものが生まれた。ラボで働いていた人みんなにそういう感覚があったと思う。
私の写真との関係は、そんなラボでの仕事に影響を受けながら形づくられていったの。

Nature vs Nurture (ネイチャーvs ナーチャー) 生まれ持ったものか、環境か。私だけじゃなくて、すべてのアーティストに関わることだと思うわ。
アーティストの表現は環境、経験、そして感動や好きなものによって作られる部分が大きいと思う。他の作品に影響を受けながら、でも結局自分の作品になる。

私が報道写真家と同じカメラで同じように撮ろうと思っても、個人にフォーカスしてしまって、その瞬間私の写真からは「ドキュメンタリー性」を失われてしまうの。、、、単純じゃないわ。今でも仕事の内容や場面によって、いつも自分の中でその二つの視点が戦っているのよ。

メル氏:ケイが写真を撮る時に、重視していたり、一番興味を惹かれる要素は何? 

ケイ:人を撮影するのが好き。
私が友人や夫の写真を撮れば、その関係性が表現の一部となって表れる。パリコレで撮影するのはモデルさんだけど、既に会ったことがある人かそうでないかで出来上がるイメージは微妙に変わるの。それが写真に違う要素を加える。

それと、環境、状況、撮影者の意図、何を切り取るかで、同じ場面でも写真は全然違うものになる。スタジオで撮影するポートレートにしても、その日の被写体のコンディションが違うし。瞬間を切り取るから、二度と同じものは撮れないでしょ。それが面白いと思う。

私が撮影する時いつも目指しているのは、被写体となる人が自分でも気づいていないような表情を撮ること。
撮影で、プロのモデルは仕事用の完成された表情をする。綺麗だけど、私にはそれだけでは少し退屈に思えるの。カメラを意識せずにリラックスしている時に見せる自然な表情の方に惹かれる。

だから、必ずしも本人に気に入られる写真を撮ることが目的では無いわ。
知らない人を撮影する知らない場合も、ちょっとしたジェスチャーや態度から滲み出るその人の性格を敏感に感じ取るようにして、あとはイマジネーションを働かせる。

ネイティヴ・アメリカンって、写真に撮られると魂を奪われると思ったようだけれど、あれはあながち間違っていないと思うの。写真を撮る瞬間に、私たち撮影者は被写体と繋がって、とても個人的な何かを交換する。写真を撮らせてもらうっていうことは、その人が個人的なものを分けてくれるということでもあるの。

ほら、見て、こうしてレンズを向けると、あなたの態度は完全に変わるでしょ。(携帯電話で私の写真を撮る振りをしながら。)

メル氏:確かに。意識しちゃうね。

ケイ:誰もがレンズを向けられると構えるのは、「自分個人を分け与える」っていう意識をするからよ。そして写真を撮られる言うことはそれを許すっていうことなの。

本人が写真を見た時に「こんな自分みたことない」って思ってほしい。表面的な美しさじゃなくて、その人にしか無い存在としての美を捉えられたらいいなって思う。
私含め、誰しも自信が持てない部分はあるけれど、私は写真を通してその人に「あなたは素晴らしい」って伝えたいの。 それが写真を撮らせてくれたお返しね。

実際に写真を撮っている時にそんなに色々考えている訳じゃないのよ。でも例えば撮影だけに限らず、写真を選ぶのもフォトグラファーの仕事でしょ。その時に自分の写真に対する考え方が良く出るのよ。
撮影した沢山の写真の中で「どうして自分は他の写真じゃなくてこの写真を選ぶのか。」とか「どうしてこの表情の方が他の表情よりもこの人をよく表しているのか」って、全部私の主観よね。
そういうことで自分と写真の関係を認識させられることも多いかな。

メル氏:なるほど。ケイのポートレートへのアプローチは写真を撮られる側の視点も変える、とっても興味深いものだね。
ところで、イギリスを離れてどれぐらいになるの?どうしてパリに来たの?

ケイ:もう10年以上になるかな。
実は、ロンドンに居た時に立て続けに起こった困難な出来事が、私が住む場所を変えるきっかけになったの。

ひとつ目はボーイフレンドを亡くしたこと。彼は写真家で、パレスチナのガザでの撮影中、被弾したの。頭に銃弾を受けて重体になって。
搬送されてそのまま9か月後に病院で亡くなったわ。

それだけでも大きな打撃だったけれど、時期を開けずに、ロンドンで住んでいたアパートが火災に遭ったの。私はカメラだけ持って避難したの。思い出の物も、写真も文字通り“全部”を失ったわ。

その後3年ぐらいは、小さなワンルームを借りたり、友人と暮らしたりして過ごしたわ。ラボでの仕事は続けていたけれど、突然色々なものを一度に失って、自分が何がしたいのか分からなくなって。

その頃に、マイスペース(当時ポピュラーだったソーシャルネットサービス。)を通じて、たくさんの友人と知り合ったの。今パリで親しくしている友人や、現在の夫ともその時に知り合ったのよ。
気分転換で滞在したパリでの暮らしは、とても心地よいものだったわ。ロンドンで起こった辛い出来事から距離を置けたし。3か月経ってロンドンに発とうとした時、「何で戻る必要があるんだろう。このままパリで暮らせばいいじゃない。」って思ったの。

最初は小さな写真の仕事をしながらパリとロンドンを行き来していたんだけど、「ここに住むなら、仕事をして、フランス語も話せるようにならなくちゃ。」と思って、流行りのカップケーキ屋さんでアルバイトを始めたの。
そこでお店の為に写真を取ったり、お店の縁で知り合った人の撮影の仕事を受けていたら、ある日パリコレで写真を撮るフォトグラファーを探しているっていう話が来て、受けることになったの。それが現在も続けているパリコレの仕事のきっかけよ。

メル氏:これから自分のフォトグラファーとしてのキャリアをどうやって発展させていきたい?

ケイ:ポートレートを撮っていきたい。
1つの画像でその人のことを表現するなんて到底無理に思えるけれど、自分はそれに挑戦したいし、 写真と人物に魅力と深みを与えたい。

メル氏:ケイは アーティストとして ポートレートを撮影だけをして暮らしていきたい?

 ケイ:ううん、写真は私の人生の一部よ。
実は自分の写真に深みを与えてくれるのは、他の色々な経験だって思うの。私は人が好きだから、色々な人と出会って、話をしたい。
もし写真だけ撮っていたら、多様性のある人間関係を失ってしまうし、人々が何が好きで、どうやって生きているのか分からなくなっってしまうと思うの。
アーティスト活動だけして暮らせたらいいけど、それは生きているとは言えない。
生きていなきゃ人々のことが見えない。それでは私の求めているポートレートは撮れないわ。

メル氏:写真以外に好きなことはある?

ケイ:料理が大好き。私はイギリスで生まれ育ったけれど、両親はインド出身なの。 インドの文化で食事とっても大切なものなのよ。私の幼いころの家族の思い出はキッチンに詰まっているの。Life is in the kitchen(生活は台所の中にある)っていう感じで、キッチンで宿題したり、テレビもあったわ。お父さんがいつも料理をしていた。
私は色々な国の違った食べ物に興味があるし、自分で試してみるのも好きなの

写真も料理も、人と人をつなげる何かがあるわ。
ボーイフレンドや大切な友人、親を失ったり、そういう経験があったから、私は人との関係が大切だって思えるのかもしれない。
人生ってとっても短い。たったひとつだけ、死ぬ前に思い出すことがあるとしたら、それって「エール・フランスのファーストクラスに乗った!」とかじゃなくて、
それでも別にいいけど、、、。自分と共に居た人たちのこと、大切な人たちと過ごした時間だと思うの。

私の夢は撮影スタジオつきの大きな家に住んで、みんなが座れるような大きな木製のテーブルを用意して、私が作った夕食をみんなで楽しく食べることよ。
その合間に写真も撮ったりして。

メル氏:ふふふ、すっごくいいね!!

メル氏: 時間を分かち合うことができる、よい人間関係をつくるためには何が必要?

ケイ:Be truthful to yourself.(自分自身に正直であること。) 
自分に正直で居る勇気を持つこと。嘘をつかない。多くの人は、自分に自信が無いから、人に判断されることを恐れて自分に正直で居られない。

でも、例え意見が違っても、自分に正直に居れば、相手は少なくともYesかNoを言うことができるし、そんなことで私の人格まで判断されないもの。正直で居る限りは賛成してもらえなくても誰にも責められない。
自分に正直でエゴイストな人も居るけれど、私自身は人と分かち合うことができないから、エゴイストになる意味がないわね。
極端な話、自分に正直で自分勝手な人の方が、自分に嘘をつく人よりシンプルで好感が持てるわ。友達にはなりたくないけど。

あとは人を傷付けないこと。  
私たちが一つだけコントロールできるとしたら、ものの言い方。
その人はいつまでも居てくれるわけではないから、後で「これを言っておけばよかった」みたいな後悔はしたくない。
でも傷つけないものの言い方には気を配るべきだと思う。

メル氏:ケイは大変な経験をしてきたけれど、人生や周りの人にとても前向きでオープンだね。

ケイ:そうしなくちゃいけないの。
火事で全部燃えちゃったのは大変なことだったけれど、今から思えば、そのおかげで人生を真っ白な状態から再スタートして今のパリでの生活を得たんだから、よい事だったのかもしれない。
場所やものがあると縛られるから。一度全部失って、物質的な“物”に対する考え方が変わった、物が壊れても冷静に見ているし、執着が無くなったわ。一番大切なのは物じゃなくて、他の人と分かち合う時間よ。

毎朝目を開けて、自分の心が開いていれば、新しいことを学ぶ。それだけで人生って悪くない。
いつも自分自身でいて、何でも自分でするしかないのよ。
人生は人々がお互いの人生や記憶に付けた印(しるし)。よい印も、悪い印も。
ポートレートも、一緒に過ごした時間も、印(しるし)なの。  

メル氏:挑戦してみたいことはある?

ケイ:もっと旅をしたい。
あと、夢みたいな話だけど、私のヒーロー、大好きな憧れの写真家たちに会いに行きたい。

メル氏:Tout est possible! (なんでも出来るよ!)
ありがとう、ケイ!!!

Kay のInstagram(彼女の撮影した写真が沢山見られます。)https://www.instagram.com/kayparisfernandes/

インタビュー後記
ケイと共通の友人の家で初めて会った時、おしゃべりが好き、明るくて素敵な人だな、という印象を受けました。
今回、フォトグラファーとして表現への思いを語る彼女は、温かい口調ながらも、先回の印象とは少し違って、とても慎重に言葉を選んで丁寧に自分の思いを伝えてくれました。

ケイの言葉一つ一つには強さがあります。  
よく「物より思い出」などと言いますが、それは本来耳障りのいい言葉ではなく、本質的には経験を通じて様々な執着に整理がついた時にしか使えないものです。
「分かち合い」も、本当に分かち合うためには自分の立場や考えを表明する必要があります。
ケイの生き方への持論は、彼女の人柄と経験と通じて驚くほど掘り下げられ、とても心に響きました。
彼女に出会えてとてもよかったです。
益々の活躍を応援しているよ、ありがとう、ケイ! Merci beaucoup, Kay!