“クリエイティブ”を探して Laven Chegeni ラヴェン・シェゲニ インタビュー(前編)

今回はイラン出身、パリでグラフィック・デザイナーとして仕事をしているラヴェンに話を聞きました。彼女は表現活動を志し、9年前からフランスで暮らしています。なぜフランスに住むことになったのか、また、母国とフランスを比べて思うことを語ってくれました。

メル氏:ラヴェンはイラン出身なんだよね。フランスに来てどれぐらい経つの?

ラヴェン:2009年の終わりだから、もう10年になるわね。時間が経つの早いわね!

メル氏:どうしてフランスに来たの?

ラヴェン:元々はイランで美術学校に行きたかったの。でも絵画教室の先生が、「イランの美大はあまりすすめないよ。」って。
私にはフランスに親戚が居たから、先生は「絵を描くテクニックは僕がいくらでも教えてあげるけれど、“芸術”を学ぶなら、チャンスがあればフランスに行った方がいいよ」って。

確かに、イランでは表現や言論の自由が厳しく制限されているから、芸術を学ぶのに適した国とは言えないのよね。

その時は国を離れるつもりは無かったし、イランで建築の勉強をしようと思ったの。建築は創造を生かせる分野だと思ったし、父親の仕事に少し関係があって、建築家の知人も居たりして自然に興味を惹かれたのよね。でも大学の建築学科の入学試験は創造力というよりは数学的な側面が重視されていて、数学を専攻していなかった自分にはハードルが高かったの。一回受験してみたけれど上手く行かなかったわ。
「しょうがない、将来どうしても芸術の勉強がしたくなったら、フランスに行こう。」そう思って大学でフランス語を勉強することにしたの。絵画教室の先生の勧めも頭に残っていたし、一応可能性は残しておこうかなって、それぐらいの気持ちで。

メル氏:他にやりたいことがあるのに、大学で本格的にフランス語を勉強するのって大変じゃなかった?

ラヴェン:うん、すごく大変だった!私の専攻はフランス語からペルシャ語への翻訳だったの。ただ喋るということと、大学で語学を本格的に学習するのは違うものね。元々の動機が語学の研究に興味を惹かれた訳ではなかったから。無事に卒業もできたけど、最後までフランス語の勉強自体には興味が持てなかった。

メル氏:大学を出て、すぐにフランスに来たの?

ラヴェン:うん。
でも、もし自分の国で、求めている勉強や仕事ができたり、結婚を考えられるような相手を見つけていたら、そのままイランで暮らしていくっていう可能性はあったのよ。ずっと心のどこかではやはりイランに居たい気持ちはあったから。
大学を出て、生活を変える決心が着いたのは、ちょうどその頃付き合っていた人と別れて、それが背中を押したところもあるわね。「全く別のことをしよう、フランスに行こう。」って、やっと決心がついたの。

フランスに住んでいた叔父に、学校への申し込み、ビザの手配を手伝ってもらって無事に渡仏して、まずはポワティエ(フランスの西部の街)の大学で美術史の勉強をしたの。イランで4年間勉強していたけれど、自分のフランス語は本格的な大学の授業ではまだまだ使い物にならなかったから、理論がいっぱいの授業に、最初はパニック!今思い返しても冷汗がでちゃう!笑

一年間美術史の勉強をした後、イランに戻ろうかとも考えたけれど、せっかくだからパリに出て、今度こそ自分が心から望んでいること、クリエイティブな分野の勉強をしようと決めたの。
私にはイラストレーターになりたいという思いがあったから、ポワティエからパリのデザインの学校の面接を3,4校受けに行って、そのうちのひとつに入学することにしたの。それが、今デザインの仕事をしているきっかけになったのよ。

メル氏:イラストレーターになりたかったって言うことは、絵を描くことが好きなんだね。

ラヴェン:そうなの。小さい頃から絵を描くことが好きで、誰に言われた訳でも無いのに何時間も絵を描いていたの。
17歳の時に本格的な大人向けの絵画教室に通い始めたんだけれど、先生にそれまで自分が描いた絵を見せた時、「子どもの落書きだ!」って言われて、ビックリしちゃった。自分は結構自信があったのに。それまで「アート(芸術)」なんて考えたこと無かったし、 とてもワクワクして教室に通ったわ。

絵画の先生には本当に恵まれたと思う。
1人目の先生は技術的なことを基礎から全部教えてもらった。
そして、2人目の先生は自分を解き放って表現することを教えてくれたの。目を瞑って音楽を聴きながら描いたり。目を瞑って触って、描いてみたり。2つ目の教室では生徒の数も少なかったから、休日の朝教室に行って、デッサンしたり踊ったり。みんなでご飯を食べたり、夕方ぐらいまでアトリエに居たわ。
どちらの先生からも、違うアプローチでとても大切なことを教わったわ。

メル氏:フランスに来て美術史を勉強している時も、絵画の制作は続けたの?

ラヴェン:そうなの。ポワティエでは学校の休暇中に沢山絵を描いていたの。そして2回パリで絵を展示をする機会に恵まれたのよ。パリの学校の面接の時に自分で描いた絵を持って行ったら、面接をしていた先生の目に留まってギャラリーを紹介をされたの。とっても幸運な出会いだった!

メル氏:グラフィック・デザインでの仕事や絵画制作で、表現をする上で、大切にしていることはある?

ラヴェン:私は制作をする時、コンセプトとか感情に訴えるというよりは、色とか形とか、どちらかと言えば観た人が視覚的に得られるものを重視していると思う。
絵を描くときは注文制作でなければ純粋に自分だけと向き合っているけれど、デザインの仕事はクライアントと自分、両方のためというスタンスで制作しているわ。

メル氏:今の仕事、これからの自分の活動についてどう思っている?

ラヴェン:仕事ではクライアントから条件が出されているけれど、条件がある中で良いもの作るチャレンジにやりがいを感じる。
元々はイラストレーターにはなりたかった自分が、こうしてグラフィック・デザイナーとして仕事をすることになるなんて想像していなかったな。状況に導かれて今の仕事をしている感じ。

最近はなかなか自分の為に絵を描く時間が取れていなくて、残念に思っているの。もちろん絵を描くこととデザイン、共通点はあるわ。でも自分の為だけに表現をすることもしたい。
今勤めているデザイン事務所の仕事はあまり創造的とは言えないから、余計にフラストレーションが溜まるのかもしれない。

自分の理想の生活はイラストの仕事をしながら、絵画を描くことよ。デザイナーの仕事もいいけどもう少しクリエイティブな活動がしたいな。
日常生活は忙しいけど、まずは今のデザイン事務所で仕事をしつつ、家で絵を描いて行こうと思っているの。

メル氏:ありがとう、ラヴェン!

*後編、「フランスの生活に思うこと」に続きます。
http://meru-shi.com/laven-chegeni-2/

ラヴェンのWEBサイト(グラフィックデザイン)
http://laven-chegeni.com/

インタビュー後記(前編)
ラヴェンは、いつも他人のことを思いやることを忘れない、とってもあたたかい人物で、デザインの専門学校で彼女と出会ってから長く経ちますが、その印象は一度も変わりません。
「自分のやりたい事を絶対やる」、というよりも「やってみたけれど、何だか違うから状況を変えて行こう」と、ひとつひとつ選択をして道を開いて来た様子からは、器用では無いけれども、流されない、意志のある彼女の性格が伺われました。
また、彼女が海外へ出ることになった経緯を聞き、表現の自由がある程度許され、自由に活動できるフランスや日本は恵まれているなぁ、と思いました。
ありがとう、ラヴェン!才能を生かして、充実した表現生活を送れますように。応援しているよ!
Merci beaucoup, Laven!

*次週のインタビューの後編では、彼女がフランスで感じることをイランの生活と比べて語ってくれています。